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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)8462号 判決

原告

岩谷章治

右訴訟代理人

丸田哲彦

被告

石川島播磨重工業株式会社

右代表者

田口連三

右訴訟代理人

松崎正躬

外一名

主文

一  被告は原告に対し、金二四、六八五円およびこれに対する昭和四五年七月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  請求の趣旨

一  被告は原告に対し金三〇四、六八五円およびこれに対する昭和四五年七月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、別紙(一)記載の謝罪文を縦五五センチメートル、横八〇センチメートルの紙面に記載し、これを神奈川県横浜市磯子区新杉田町一二番地所在被告横浜第二工場内の見やすい場所に本判決確定の日から一週間掲示せよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  請求の趣旨第一項につき仮執行の宣言

第二  請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第三  請求原因

一  被告は肩書地に本店を置き、横浜市をはじめとして全国に計一四の工場を有し、各種船舶、艦艇等の建造、修理等の業務を営む株式会社である。その横浜第二工場(以下横二工場という)は、神奈川県横浜市磯子区杉田町一二番地に所在し、主として大型油槽船の建造および各種船艇の修理を行なつており、直接生産を担当する部門として船殻工作部のほか三部が存在する。船殻工作部は、船殻(船体)の製造を担当し、組立工場課のほか四課をもつて編成されている。組立工場課は、船体の製造作業工程のうち船渠内の工事に着手する前に地上において部材をもつて船体のそれぞれのユニットを組み立てる作業(これをブロック組立作業またはブロック取付作業という。)工程を担当し、七職区に分かれており、この七職区のもとにはさらに計二〇の班が置かれている。

原告は、昭和四三年三月一三日被告に雇用され、横二工場船殻工作部組立工場課に勤務し、昭和四五年三月一二日当時は松本職区萩原班に所属して、立体ブロック取付作業(船首と船尾の部分のブロック取付作業をいうものである)に従事していた。また、被告においては、横浜第一、同第二、同第三の三工場に勤務する従業員により石川島播磨重工横浜労働組合(以下組合という。)が組織されていたが、原告は、昭和四三年六月一六日組合に加入し、昭和四四年一〇月から組立工場課選出の代議員(各職場から組合員約五〇名に一名の割合で選出され、同課からは五名選出されていた。)を勤めていた。

二  被告は昭和四五年七月四日原告に対し、同月六日から同月八日までの三日間出勤を停止する旨の懲戒処分をし、原告の就労を拒否し、かつ右期間の賃金の支払いをしない。原告の右期間の賃金は金四、六八五円で、その支払期日は同月二五日である。

三  しかし、被告の原告に対する右懲戒処分は、後述のとおり違法にして無効なものである。よつて、原告は被告に対し、昭和四五年七月六日から同月八日までの三日間の賃金四、六八五円と右違法な懲戒処分により原告の被つた甚大な精神的苦痛を慰藉するための慰藉料金三〇〇、〇〇〇円の合計金三〇四、六八五円およびこれに対する賃金支払期日の翌日で、かつ不法行為の後である昭和四五年七月二六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、右違法な懲戒処分により傷つけられた原告の名誉を回復する処置として請求の趣旨第二項記載のとおり謝罪文の掲示を求める。

第四  請求原因に対する認否

第一項のうち、原告の組合加入日は不知、その余の事実は認める。第二項の事実は認める。第三項の事実は否認する。

第五  抗弁

本件出勤停止の懲戒処分は、次のような理由によりなされたものであつて、適法にして有効なものである。

一  本件懲戒処分の背景

被告は昭和四五年三月一二日組立工場課長伊勢本幸雄を通じて原告に対し、就業規則第三八条第一項の「業務上の都合により出張させることがある。」との定めにより、同月一六日から石川島造船化工機株式会社(以下I・S・Cという。)横浜工場製造部外業課へ出張し、立体ブロック取付作業等に従事するよう命じ、原告は同日午後三時ころ同課へ出張し、同年九月一五日までの六か月間同課において就労したのであるが、被告が原告に対し右出張命令を発令するに至つた経過は次のとおりであつた。

(一)  I・S・Cは東京都江東区新砂二丁目三番四三号に本店を置き、東京と横浜に工場を有し、船舶等の建造、修理、解体等の業務を営んでおり、資本的にも、人的にも、また業務上においても被告と密接な関係を持つ被告の関連会社であつた。そして殊にI・S・C横浜工場は、昭和四三年九月、主として横二工場で建造される新造船の上部構造物(主として乗組員が居住する部分)の製作を担当する目的で横二工場の敷地内に設置されたものであつたので、以来横二工場における新造船建造工程の一部を担当し、横二工場と一体的に運営されていた。そのため、被告は横二工場の従業員を常時相当数I・S・C横浜工場に出張、出向させ、同工場の技術援助その他の業務にあたらせてきた。<中略>

二  本件懲戒処分の理由<中略>

就業規則の右各規定の内容は次のとおりである。

(第七一条)

懲戒は次の五種とする。

(第一ないし第三号は省略)

四 出勤停止 けん責したうえ、引き続き一〇日以内出勤を停止し、その期間の賃金を支給しない。

(第五号および第二、第三項は省略)

(第七五条)

従業員が次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇に処する。但し、情状により出勤停止または減給にとどめることがある。

(第一ないし第八号は省略)

九 虚偽の事項を申し述べて、会社に不利益をもたらしたとき

(第一〇ないし第一三号は省略)

一四 故なく上長の命令に従わないとき、または職制に対し中傷誹謗を行なつたとき

一五 会社に不利益となる浮説を宣伝流布したとき、または会社に対して非協力的言動画策をして業務の正常な運営を妨害し、または妨害しようとしたとき

(第一六ないし第二三号は省略)<中略>

理由

一請求原因第一項のうち、原告の組合加入日を除くその余の事実、ならびに第二項の事実は、当事者間に争いない。<証拠>によれば、原告は昭和四三年六月ころ組合に加入したものであることが認められる。

二本件懲戒処分の背景

被告が昭和四五年三月一二日組立工場課長伊勢本幸雄を通じて原告に対し、同月一六日からI・S・C横浜工場製造部外業課へ出張し、立体ブロック取付作業等に従事するよう命じたこと、原告が同目午後三時ころ同工場へ出張し、同年九月一五日までの六か月間同課において就労したこと、ならびに就業規則第三八条第一項(出張)の規定の内容は、当事者間に争いない。

抗弁第一項(一)の事実は、被告が横二工場の従業員を常時相当数I・S・C横浜工場へ出張、出向させていたことを除いて、当事者間に争いない。右当事者間に争いない事実と<証拠>を総合すれば、前記出張命令が発令されるに至つた経過は次のとおりと認められる。

(一)  I・S・Cは東京都江東区新砂二丁目三番四三号に本店を置き、東京都と横浜市に工場を有し、船舶等の建造、修理、解体等の業務を営んでいたが、その資本の大部分(昭和四五年三月当時においては約九三パーセント)は被告の出資にかかり、役員も代表取締役以下大部分(同月当時においては役員一〇名のうち代表取締役を含めて九名)が被告からの派遣者で占められ、管理職を含む相当数の従業員が被告から派遣されているなど、昭和一八年二月の設立以来、資本的にも、人的にも、また業務上においても被告と密接な関係を持つていた、いわば被告の子会社であつた。そして殊にI・S・C横浜工場は、昭和四三年九月、主として横二工場で建造される新造船の上部構造物の製作を担当する目的で、建設資金の半額を被告からの融資によつて、横二工場の敷地内に設置されたもので、以来横二工場における新造船建造工程の一端をにない、横二工場と一体的に運営されていた。このような関係から、被告は管理職を含め相当数の従業員を横二工場からI・S・C横浜工場へ出向させていた(昭和四五年三月当時における出向者は約一四名で、直接生産を担当する部門の部、課長はすべてこれら出向者によつて占められていた。これに対しI・S・C固有の従業員は三二名であつた。)ばかりでなく、I・S・C横浜工場における作業上の必要に応じて横二工場の従業員を随時一〇名前後I・S・C横浜工場へ出張させ、同工場の技術援助、指導その他の業務にあたらせてきた。

(二)  ところで、横二工場では昭和四五年二月ころ新造船(二一五二番船)を建造中であり、その進水予定は同年四月二五日であつた。そこで、I・S・C横浜工場は同年三月中旬ころからこの新造船の上部構造物の立体ブロック取付作業にかかる予定であつた。ところが、同工場におけるブロック取付作業の工程には同年二月中旬当時すでに約一週間から一〇日程度の遅延が生じていた。同工場における船体上部構造物製作工程の進行いかんは、横二工場における新造船建造工場の進行に直接影響する関係にあつたので、I・S・C横浜工場における右のようなブロック取付作業の工程遅延により、二一五二番船の予定どおりの進水が憂慮されるような状況となつた。そこで同工場では同年二月中旬ころ横二工場に対し、二一五二番船の立体ブロック取付作業に従事するブロック取付工三名を同年三月中旬ころから応援派遣してくれるよう要請した。そしてこれと同時に当時I・S・C横浜工場では被告から出張していた菊池信良が立体ブロック取付作業の取りまとめの任にあたつていたので、出張者の人選にあたつては、菊池との年令、経験についての釣合いを考慮して、同人を補佐し、作業員に対する技術指導にもあたることができる者であることを要望した(以上の事実のうち、菊池が被告からI・S・C横浜工場へ出張していたことは、当事者間に争いない。)。そこで横二工場では右の要請を受け入れ、I・S・C横浜工場における立体ブロック取付作業にあたらせるため、横二工場の従業員三名をI・S・C横浜工場へ出張させることにした。

(二)  横二工場は出張者の人選にあたり、出張者がI・S・C横浜工場で担当する作業の内容が船体上部構造物の建造のうち立体ブロック取付作業であり、船殻工作部にあつて立体ブロック取付作業を担当しているのは組立工場課だけであること、およびI・S・C横浜工場からの前認定のような要望を考慮し、次のような基準によつて行なうことにした。

1  組立工場課の取付工で、立体ブロック取付作業の経験がある者

2  年令および経験の点からして菊池を補佐するのに適当な者であつて、作業員に対する技術指導のできる程度の作業経験を有する者であること

ところで、組立工場課では七職区のうち三職区がブロック取付作業を担当していたが、そのうちで立体ブロックの取付作業を担当していたのは松本職区の萩原班のみであり、同班は班長を除くと原告を含めて一五名で構成されていたので、右基準に照らしてまず右一五名のうちから人選することにした(以上の事実のうち、松本職区萩原班の構成については、当事者間に争いない。)。しかしながら、同班の作業量は昭和四五年三月下旬から同年四月上旬にかけて二、三週間位最大限に増大することが予定されていたので、被告の名古屋造船所から同年三月二四日より同年四月四日までの間に二名、同月一日から約二週間位の間に三名、計五名の取付工を応援に出してもらうことになつていたような状態であつた。そのため、萩原班一五名のうちからは一名だけを選ぶにとどめることにした。そしてその人選を進めたところ、右一五名のうち二名は同年二月一六日から組立工場課内の他の職区に移り、同年三月一六日付で正式に異動の発令がなされる予定にあつたものであり、七名は勤続一年未満であつたので、出張させるには技能的にみて不十分であるし、四名は、菊池が昭和二〇年五月一三日生まれで、入社年月日は昭和四〇年一〇月一六日、資格は同日より工手補であつたのに対し、いずれも年令または資格、経験の点で菊池を上回つていたので、同人の補佐役としては適当でないとされ、また一名は昭和四五年度の高等学校卒業の新入社員に対する指導係に予定されていたので、残る原告を出張させることが相当であるということになつた(以上の事実のうち、萩原班所属の右一五名のうち七名が勤続一年未満であつたことは、当事者間に争いない。)。

原告は昭和四三年三月高等学校を卒業すると同時に被告に入社し、以来横二工場船殻工作部組立工場課に勤務し、松本職区の立体ブロック取付作業を担当する班に所属してその作業に従事してきたので(以上の事実は当事者間に争いない。)、前記各要件を充足し、昭和二四年四月一四日生まれで、資格も昭和四三年三月一三日より工手補であつたので、年令や資格、経験の点で菊池を上回ることはなかつた。

なお、残り二名の出張者の人選については、松本職区の萩原班以外の班や組立工場課でブロック取付作業を担当していた松本職区以外の他の二職区の取付工のうちから行なつたのであるが、そのうちで立体ブロック取付作業の経験を有する者は、あるいはその所属する班で中心的役割を果たしている者であつたり、あるいは当該作業の経験が浅かつたり、または職区の取付工の数が少ないため出張要員を出すことが業務遂行上困難である等の事情から、他に適任者がいなかつたので、菊池より五才年上ではあつたが、昭和一五年七月一日生まれで、入社年月日が昭和四〇年一一月一六日、資格は同日より工手補であつた川原職区田口班所属の熊木緑を選び、結局最終的には原告と熊木の二名だけをI・S・C横浜工場へ出張させることにした(以上の事実のうち、熊木が菊池より年長であつたことおよび熊木の所属については、当事者間に争いない。)。

三本件懲戒処分の理由に対する判断

原告が、前記出張命令に関し、昭和四五年三月一五日に別紙(二)記載の、また同年四月一日には別紙(三)記載の各印刷物をいずれも組立工場課の従業員に郵送したこと、就業規則第七一条第一項第四号(出勤停止)、第七五条第九、第一四、第一五号(いずれも懲戒事由)の各規定の内容が被告主張のとおりであること、および被告が就業規則の右各規定を適用して本件出勤停止の懲戒処分をしたものであることは、当事者間に争いない。<証拠>によれば、郵送した右各印刷物の枚数は、別紙(二)記載のそれが一七〇枚から一八〇枚位で、別紙(三)記載のそれは九〇枚位であつたことが認められる。

(一)  別紙(二)記載の印刷物について

1  第二段の「権力がなければ生きて行けない職制」とか、「職制の感情一つで虫けらのように首も切られれば、足げにもされるんだ」との記載について

原告が昭和四五年三月一二日伊勢本課長から前記出張命令を伝えられた際同課長に対し被告主張のような質問をしたこと、およびこれに対して同課長が出張期間を明確にすることはできない旨答えたことは、当事者間に争いない。<証拠>によれば、同日の状況は次のとおりと認められる。

原告は、同日、その所属の萩原班の班長から指示されて、午前九時ころ伊勢本課長のところへ行つた。すると、同課長は原告に対し、「単刀直入に言つて、君にI・S・Cへ行つてもらうことになつた。」と、I・S・C横浜工場への出張命令を伝えた。原告の同工場への出張は昭和四五年二月二六日には内定していたのであるが、原告はそれまで同工場への出張について何ら聞いてはいなかつた。そのため、原告は「もうすでに決まつてしまつたんですか。」と尋ねたところ、同課長は「そうです。これは相談ではなくて、命令なんだ。」と答えた。そこで、原告は出張を命ずる理由と出張期間について質問した。これに対して同課長は、I・S・C横浜工場で立体ブロック取付作業が非常に忙しくなり、どうしても応援してやらなければならない旨を説明するとともに、出張期間の点については、同工場の作業工程が相当混乱しているので、何時までというようにはつきりした日を言うことはできないから、当分の間出張してもらうが、はつきりし次第明らかにする旨を答えた。また、当時組合では春闘を目前に控えていたのでその準備にかかつており、原告も代議員としてこれに取り取んでいたので、原告は、このような時期に出張を命じられると代議員としての活動に重大な支障をきたすとして、代議員である原告を選んだ理由についても問いただした。すると、同課長は、原告を出張者に選んだのは業務上の必要からであつて、代議員であるかないかということを考慮して人選したのではなく、また、組合の代議員であるからといつて人事管理上特別な扱いをするわけにはゆかない旨を話した。原告はさらに出張期間を明らかにするよう求めるとともに出張を命じられると代議員としての任務を果たせなくなる旨述べたのであるが、同課長は、「私はすでに君が行くことに決めてしまつたのだ。」と言つて、就業規則第三八条を読むようにして、その内容を説明した。以上の事実が認められる。

一般的には、出張とは労働者が雇用契約締結当事者である使用者の業務を遂行するために、その指揮命令のもとに通常の勤務場所以外の場所で労務を給付する場合をいう。被告会社の就業規則第三八条に規定する出張も、これと異別なものと解すべき根拠はない。一方いわゆる出向とは、労働者が使用者との雇用契約を継続しながら、本来使用者の指揮命令下にない第三者、通常関連会社等に派遣され、その指揮、監督を受けながらその業務を遂行することをいう。<証拠>によれば、被告においてI・S・Cへの出張といわれているところのものは、被告の従業員たる身分は失わず、I・S・Cの労務指揮、監督のもとにおいて平均六か月位の間I・S・Cの業務に従事するものであることが認められる。前認定によれば、原告のI・S・C横浜工場への出張は、正にこの場合に該当するものと認められるから、それは被告会社内において通常出張と呼称されていたとしても、本質的には出向であり、しかもその期間も定められていなかつたのであるから、結局実質的には無期限出向と何ら変りないものといわなければならない。出張命令は、一般的に労務指揮権の範囲内に属することであるから、就業規則に根拠を求めるまでもなく有効に発することができるが、出向をこれと同一に論ずることはできない。労働者は、別段の特約がない限り、当該使用者の指揮、監督のもとにおいてその使用者のためにのみ労務提供の義務を負担するにとどまり、使用者の一方的命令によつて第三者のもとで労務を給付しなければならない義務を負うものではない。すなわち、使用者は、労働者の承諾なしに労働者の労働力を第三者の指揮命令下におくことは許されないのである(民法第六二五条第一項参照)。出向の期間についても、同様である。したがつて、被告は原告をI・S・Cに「出張」させるには、「出張」およびその期間について、原告の同意を得なければならないものであつた。しかるに、伊勢本課長は、原告が「出張」期間の明示を求めたのに対して、これを明示しないで、しやにむに「相談ではなく命令だ」等と言つて「出張」に服させようとしているのである。しかも、伊勢本課長は「出張」の根拠とはならない終業規則第三八条を引用して、「出張命令」を正当化しようとしているのである。これによれば、原告の要求こそ理に叶つているのであつて、逆に伊勢本課長の命令なるものこそ、理不尽なものといわなければならないのである。それなのに原告は、この強行策に屈して「出張」に赴いているのである。ここに労務指揮権を不当に行使する職制の力と無法とは知りながらこれに屈服する力なき労働者の悲哀が対照的に浮き彫りにされたのである。原告は、この力ある職制を「権力がなければ生きて行けない職制」と、力なき労働者を「職制の感情一つで虫けらのように首も切られれば、足げにもされるんだ。」と表現しているのである。そうするとこの記載は、措辞やや穏当を欠く点があるとしても、遠く真実を隔たるものとは解せられないのである。むしろ非力な労働者の怒りと悲しみを如実に表現するものとして、無理からぬ文章と思われるのである。したがつて、これをもつて事実に反する虚偽の事項を申し述べたものであるとか、職制に対する中傷、誹謗であるとか、被告に対する非協力的言動の画策ということはできない。

のみならず、右記載のうち虫けら云々の部分は、その前後を見れば、「私はこの時、「私たち労働者は、常に会社権力に生命をあやつられている機械のようなものであり、職制の感情一つで虫けらのように首も切られれば、足げにもされるんだ。」という強いショックを受けました。」と記載されてあるのである。これは、その文面によつて明らかなように原告が伊勢本課長から出張命令を伝えられた際に受けた印象ないし感想を表明したものである。人がいかなる感想を抱こうとも、それは自然発生的なものであつて、何人からもせいちゆうを受ける筋合いのものではないから、これを就業規則をもつて律することは、天然の理に背くものといわなければならない。

以上のとおりであつて、第二段の記載は就業規則第七五条第九、第一四、第一五号に該当するものとは認められない。

2  第五段の記載について

原告を含む組立工場課選出の組合代議員四名が昭和四五年三月一四日伊勢本課長に話合いを申し入れ、同課長に対し出張、配置転換に関する被告の基本的な考え方について質問したことは、当事者間に争いない。そして<証拠>によれば、原告ら組合代議員四名は右のような質問をした際伊勢本課長に対し、一般的に出張とか転籍という場合個人的な理由を考慮してもらえるのかどうかを尋ねたので、同課長は、出張とか配置転換というものは業務上の必要からなされるものであり、遠隔地への出張とか異質な職種への配置換えの場合には個人的な事情を十分考えて処理することもあるが、今回の原告の場合は右のような場合にあたらないし、すでに決定したのであるからこれに従つてもらう旨答えたこと、および同課長は同月上旬ころ課長懇談会において、「生産性向上は労働者を労働者として扱つていないという理由で反対のための反対をしている人がいるが、そういう人には毅然たる態度をとつてゆく。」と発言したことが認められる。

ところで、「人と場合によつては本人の意向を参考にするという、向うの本質を一部暴露してきました。方針に従がわない人は、職権をあくまでも行使して、一切の人間性を無視するという本質です。」との部分は、その記載の内容と第四段の「ようするに彼らの方針は例えば私たちにいかなる影響をもたらそうとも強引に押し通そうという訳です。」との部分との関連からすれば、伊勢本課長の課長懇談会での発言や昭和四三年三月一四日の原告ら組合代議員四名との話合いの際における言動を通じての原告の同課長に対する理解の仕方および右話合いの際における同課長の言動についての原告の感想を述べたものとみられる。そして、生産性向上の名のもとに労働力の削減や労働強化がなされる場合のあることを思えば、労働者が本能的にこれに反発することは、理解できないことではない。それなのに同課長は課長懇談会においてこれらの労働者に対決する姿勢を示し、また、原告に対する「出張命令」には、その同意を必要とするのに、同課長は原告の意向を何ら受け入れようとはしないばかりか、昭和四五年三月一四日の原告ら組合代議員四名との話合いの際にも、その誤つた見解を固執しているのである。これこそ正に「人と場合によつては本人の意向を参考にする」ものであり、また被害者ともいうべき原告から「方針に従がわない人は、職権をあくまで行使して、一切の人間性を無視する」と非難されてもやむを得ないのである。これをもつて、事実を歪曲するとか、中傷誹謗の文面ということはできない。

したがつて、第五段の記載も、就業規則第七五条第九、第一四および第一五号に該当しない。

(二)  別紙(三)記載の印刷物について

1  第二段の、原告がI・S・C横浜工場で昭和四五年三月一七日から同月三一日までの間に従事した作業の内容についての記載について

原告がI・S・C横浜工場へ出張して以後、昭和四五年三月一八、二〇、二七の三日間被告主張のとおりの作業に従事し、同月二一、二二、二九の三日間は休日で、同月二三日は年次有給休暇をとつたものであることは、当事者間に争いない。<証拠>によれば、原告がI・S・C横浜工場へ出張後、同月一七日から同月三一日までの間に従事した作業の内容は次のとおりであり、原告は右の期間に計一〇時間の残業をしていたことが認められる。<証拠判断省略>

(1) 同月一七日

午前八時ころから同一〇時三〇分ころまで、出張にともなうロッカーの移動作業等を行ない、以後は午後零時ころまでI・S・C横浜工場内を見学した。同一時以降は雨天のため作業ができず、仕事らしきこともすることなく同四時ころ帰宅した。

(2) 同月一八日

午前八時ころから同九時ころまでブロック取付けのための治具作りとこれに付随する掃除をし、以後は午後四時まで右治具作りを行なつた。

(3) 同月一九、二〇日の両日

午前一〇時から午後六時までブロック取付作業に従事した。

(4) 同月二四日

午前八時ころから同九時ころまでブロック取付けのための治具作りを、以後は午後零時まで右治具作りに付随する性質のものではないたぐいの掃除をそれぞれ行ない、以後同六時までブロック取付作業に従事した。

(5) 同月二五日

午前八時ころから午後四時ころまでブロック取付作業に従事した。

(6) 同月二六日

午前八時ころから午後一時三〇分ころまでは、当日予定されていた作業の準備が整わなかつたので、これに従事することができず、そのため社外工が相当していたブロックのピースバラシを手伝い、以後は同六時までブロック取付作業に従事した。

(7) 同月二七日

午前八時ころから午後六時ころまでブロック取付作業に従事した。

(8) 同月二八日

当日はブロック取付けのための治具作りをする予定であつたが、その材料が整わなかつたので、午前八時ころから午後零時ころまでスクラップ整理を行なつた。

(9) 同月三〇日

午前八時ころから午後四時ころまでブロック取付けのための治具作りに付随する性質のものではないたぐいの掃除やスクラップ整理を行なつた。当日はブロック取付作業はなかつた。

(10) 同月三一日

午前八時ころから午後零時ころまで取付けを終つたブロックの目違いを二か所直し、同一時ころから同一時三〇分ころまで掃除をし、以後は同四時ころまでくず棒拾いを行なつた。

そこで、右認定の事実に照らして、第二段の、原告がI・S・C横浜工場で同月一七日から同月三一日までの間に従事した作業の内容についての記載について検討すると、右の全期間におけるすべての作業内容を記載してはいないし、その記載に一部分正確を欠く点がないではない。しかし、右の記載部分は、その前の「私はあまりにも一方的にしかも極めて忙しいという名目で配転されたにもかかわらず、……」という文面と合せて読むときは、原告がI・S・C横浜工場への出張を命じられた際、伊勢本課長から、出張の理由として、同工場における立体ブロック取付作業が非常に忙しくなり、どうしても応援してやらなければならない旨説明されていたところから、原告が従事した作業のうちで直接立体ブロック取付作業に関係ないような作業の内容を列挙したものとみられるのである。そして、記載内容それ自体には事実に反するような虚偽と認めなければならないところはない。そうすると、これをもつて事実を歪曲して被告を非難するものということはできない。

したがつて、この文面は、就業規則第七五条第九号等の懲戒事由に該当しない。

2  第二段の、「六ケ月出張の私にはロッカーもタイムカードも食堂も許さないのに、三ケ月出張の他の二人にはこのすべてを許し、さらに自転車も与えています。これは私に対する個人攻撃でなくてなんでしよう。」との記載について

原告が出張当日である昭和四五年三月一六日も従来どおり横二工場の方に出勤し、I・S・C横浜工場へ出張しようとする様子がなかつたので、伊勢本課長が同日午前九時三〇分ころ原告に対し、出張命令に従わない理由を問いただしたこと、これに対して原告が、出張期間が不明であることおよび原告が組合の代議員であることの二つの理由で出張に応じ難い旨を明らかにするとともに、出張するについては横二工場のタイムカード、ロッカーおよび食堂を利用できるようにしてもらいたいこと、ならびに横二工場とI・S・C横浜工場との間の行き来のために自転車を貸与してもらいたいことの二点を申し出たこと、そこで同課長が、組合の代議員であるからといつて出張について特別な取扱いはできないし、横二工場の施設の利用については、出張者は作業管理、人事管理の点から従来より出張先の施設を利用することになつており、また組合の代議員だからといつて原告だけに自転車を貸与することもできないので、原告の申出には応じられない旨を答えたことは、当事者間に争いない。<証拠>によれば、横二工場からI・S・C横浜工場へ出張していた者で、昭和四五年三月当時、横二工場のタイムカード、ロッカー、食堂を利用したり、被告から自転車の貸与を受けていた者はおらず、シンガポールから横二工場へ研修に来ていた研修生六〇名のうち船体上部構造物のブロック組立作業についての三か月間の実習のため同工場からI・S・C横浜工場へ通つていた研修生二名のみが横二工場のタイムカードやロッカーや食堂を利用したり、被告から自転車の貸与を受けていたに過ぎないこと、もつともI・S・C横浜工場が設置された直後のころには、同工場の施設が十分整つていなかつたため、もつぱら横二工場の施設が利用されていたことが認められる。

右認定の事実によれば、右の記載には「三ヶ月出張の他の二人」がシンガポールからの研修生であることを表示しない点において正確ではない部分がある。しかし、このことから直ちにこの記載をもつて事実に反して被告を非難するものということはできない。その文言は、その前にある「何しろ私の今迄のお願いはことごとく裏切られてきたのです。」という文面を合せ読み、かつ前認定の事情を考慮すれば、横二工場の施設の利用や自転車の貸与が可能であるのに、原告の懇願にもかかわらず、原告には同工場の施設の利用を許さず、自転車も貸与しないとして、被告の態度を非難しようとしたものとみられる。そして、<証拠>によれば、伊勢本課長が原告に横二工場の施設の利用を許さなかつたのは、原告がI・S・C横浜工場の指揮、監督を受けるようになるからであつて、特に右のような取扱いをしなければならない旨の定めがあつたわけではないこと、原告は同工場へ出張した後においても横二工場の食堂を利用していたが、被告は何らこれを問責しようとはしなかつたことが認められ、この事実と前認定の事実によれば、被告が原告に横二工場の施設の利用を許したり、自転車を貸与することに特段の支障はなかつたことが明らかである。他方、<証拠>によれば、原告の組合代議員としての活動は昼の休憩時間を利用して食堂などにおいてなされていたが、昼の休憩時間は一時間であり、横二工場とI・S・C横浜工場との往復には徒歩で二〇分位を要することが認められるのである。これによれば横二工場の食堂の利用が許されるかどうか、また自転車が貸与されるかどうかということは、原告の組合代議員としての活動に重大な影響をおよぼすものであつたことが明らかである。のみならず、その意に反して、一方的にしかも期間の明示のないままI・S・Cに「出張」を命じられる原告としては、本務の横二工場への復帰に不安を抱くあまり、横二工場の施設の利用を継続したいと希望するのも、その心情において十分理解できるのである。わが国造船業界の雄である被告会社としては、弱冠二一才の原告の切なる願いに、より同情的であつてよかつたはずである。それなのに原告の希望は、ことごとく一蹴された。その憤まんがこのような表現となつたのである。これをもつて事実歪曲の中傷文書といえない所以である。

したがつて、右文面は就業規則第七五条第九号等に該当しない。

3  第二段の、船殻工作部長南崎邦夫が昭和四五年三月二四日原告に対してなした発言に関する記載について

<証拠>によれば、原告は組立工場課選出の代表代議員から組合の選挙管理事務に従事するよう指示を受けていたので、昭和四五年三月二三日は組合の選挙管理事務にあたり、就労しなかつたこと、組合の選挙管理事務のために組合員が就労しない場合には、事前に組合から被告に対しその旨の許可の手続をとらなければならないことになつていたのに、原告については組合の手違いからこの手続がとられていなかつたこと、被告従業員が欠勤したり、または年次有給休暇をとろうとするときは、原則として遅くともその当日までにその旨の届をしなければならない定めとなつていたが、原告からは同日までにそのような届が出されていなかつたこと、南崎部長は、原告が欠勤や年次有給休暇の届を出すことなく同日就労しなかつたことの報告を受けたので、同月二四日、伊勢本課長のところへ来ていた原告を自席へ呼んで、その点を注意したこと、これに対して原告は組合の選挙管理事務についていたので出勤しなかつたものである旨申し出たこと、そこで同部長は組合の選挙管理事務のために就労しない場合に要する前認定の手続について説明したうえ、「たとえ組合業務であろうが、無断で職場離脱することは許されない。」、「決まつたことを守らなければいけない。」と言い、原告が「私は少数派だから。」と答えると、「世の中には人のいうことを聞かぬ人がいる。松沢病院にはいるかもしれないなあ。」ともつけ加えたことが認められる(以上の事実のうち、原告が同月二三日就労しなかつたこと。組合員が組合の選挙管理事務のために就労しない場合に要する手続と原告についてはこの手続がとられていなかつたこと、および原告は同日までに欠勤の届をしていなかつたことは、当事者間に争いない。)。

右認定の事実に照らして前記文言を検討する。先ず「私が二三日に選管事務の為に会社を休んだのに、会社の許可なく無断で職場離脱をしたという彼等独特のこじつけから私をせめ、陰険な笑いで「きちがいだ」と私をきめつけた」との部分についてみれば、次のとおりとなる。組合員が組合の選挙管理事務に従事するために就労しない場合に必要とされる許可手続は本来組合がなすべきことであり、原告についてこの手続がとられていなかつたのは組合の手違いによるものであつたのであるから、責められるべきは組合であつたのである。原告の欠勤は、無断職場離脱と同視して問責さるべきものではないのである。それなのに、南崎部長は原告を呼んで、「無断職場離脱は許されない。」と注意しているのである。そうすると、原告が同部長による右のような注意をもつて筋違いに自己を責めるものであると考えたとしてもあながち無理からぬところがある。また、同部長は原告のことを、気違いだ、とは直接言わなかつたとしても、松沢病院を引合いに出して暗に原告をそのような人間であるかのように言つているのでおる。松沢病院が精神病院であることは公知の事実であり、それは、人を精神異常者であると嘲笑するような場合に多く用いられる言葉でもある。これは、上司が部下を訓戒する際に使う言葉としては、甚しく不穏当なものである。原告が憤慨して同部長を非難するのも自然の勢の赴くところといわなければならない。そうすると、右の記載部分をもつてことさら事実を歪曲したものということはできない。また、「かりに私がきちがいだとしたら、そのきちがいに一時間もかまつていた当の本人がよほどおかしいのであり、だいぶ説教がきいたというようなほこらしげな顔はこつけいというほかありませんでした。」との部分は、それ自体は、いささか穏当を欠く文面ではあるが、前記のような事情をしんしやくすれば、同部長の原告を気違いだと言わんばかりの発言に対し述べられたものであつて、いわば売り言葉に対する買い言葉である。もともと同部長の発言自体が不適当なものであつたのであるから、右の記載部分をとらえて職制を中傷、誹謗するものであるということはできない。被告が、その職制の原告に対する侮べつ的言辞をたな上げして、原告だけを責めることは許されないのである。

したがつて、この文面は、就業規則第七五条第一四号等に該当しない。

4  第三段の、「権力がなければ何の存在価値さえない連中のことです」との記載について

この文面は、文章全体を通覧すれば明らかなように、前認定のように原告が被告会社から受けた数々の措置に鑑み、職制に対する評価を総括して表現したものである。そして、原告は、その文言に続いて、労働者は団結して人権を守ろうではないかと言つて、使用者に対抗する存在としての労働者の団結を訴えているのである。

使用者と労働者との本質的な差異は、労務提供の場において前者が指揮権を行使し、後者がこれに服さなければならないことであり、実質的には命令と服従の関係である。そして時には、命令の名の下に違法が強制され、労働者の人権が侵害される虞れもないではない。本件においても、その萠芽が見られることは、先に述べたとおりである。これに対して、労働者がその権利を守るためには、労働者の団結に頼らなければならない。財力を有しない労働者が、労働者の団結を呼びかけるための唯一にして最大の武器は言論である。労働者は一般に非力であるが故に、権力を有する使用者に対抗するために言論を使用する場合は、応々にして宣伝誇張におよぶことがなしとはしない。しかし、この誇張した労働者の表現それ自体だけをとらえ、いちいち就業規則をもつて問責するならば、労働者の言論の自由は、やがて地を払つてしまうであろう。したがつて、労働者が労働条件等に関して、対抗関係にある使用者に対して、攻撃的言辞を使用する場合は、それが多少激烈なものとなつても、懲戒権の発動などは抑制的でなければならないのである。これらのことを考えるならば、右文言は到底職制を誹謗するものとは解されないのである。

したがつて、これは、就業規則第七五条第一四号等に該当するものではない。

四結論

以上のとおり、本件懲戒処分の理由とするところは、いずれも就業規則所定の懲戒事由に該当しないから、本件懲戒処分は無効である。そしては原告の昭和四五年七月六日から同月八日までの三日間の賃金は金四、六八五円で、その支払期日は同月二五日であるから、被告は原告に対し右賃金およびこれに対する支払期日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。また<証拠>によれば、原告は、出勤停止処分を受けた昭和四五年七月六日から同月八日まで三日間、就労のため被告会社に赴いたが、入口の守衛所に勤労課の課長と課員が待機していて、原告が構内に入るのを阻止したことが認められる。これらのことによれば、原告は、違法な出動停止処分を受けたことにより甚大な精神的苦痛を被つたものと認められるから、これを慰藉するためには、原告の職歴、地位等一切の事情を考慮し、金二〇、〇〇〇円が相当であると認める。そうすると被告は原告に対し不法行為による損害賠償として金二〇、〇〇〇円およびこれに対する不法行為の後である昭和四五年七月二六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

しかし、本件出勤停止処分により原告の社会的評価が低下したものとは認められないし、かりにこれにより名誉が毀損されたとしても、この損害は、出勤停止処分の態様に徴し、比較的軽微なものと認めるの外はない。のみならず、この勝訴判決がなされるときは、出勤停止処分が無効であつて、原告の行為が正当であつたことが忽ち被告社内に宣伝されるものと思われる。これらの事情を斟酌すれば、原告の名誉を回復するために、謝罪文の掲示を認める必要はない。

よつて、本訴請求は、賃金と慰藉料金二〇、〇〇〇円およびこれらに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(岩村弘雄 矢崎秀一 飯塚勝)

(別紙(一))

謝罪広告

会社は昭和四五年七月四日船殻工作部組立工場課の岩谷章治君に対し、同君が昭和四五年三月一六日、四月二日の二回にわたり、I・S・C横浜工場出張に関して組立工場課の多数の従業員に会社、職制を中傷誹謗した内容の、また虚偽の事項および事実を歪曲した内容のならびに会社に対する非協力的言動画策をはかつた内容のビラを送付したとして、出勤停止三日間の懲戒処分をしました。

しかし、右処分は会社が就業規則の適用を誤つて行なつたもので、その結果岩谷君の正当な行為を懲戒処分にし、同君に大変迷惑をかけました。

ここに右出勤停止処分が無効であることを明らかにするとともに、岩谷君に謝罪します。

昭和 年月日

石川島播磨重工業株式会社

代表取締役

(別紙(二))  組立課職場の皆さんへ

岩谷章治(笹下寮)

拝啓

代議員の岩谷です。もうすでにご存知の事と思いますが、先週の木曜日(十二日)、私は会社の一方的な出張命令を言いわたされました。私はこの命令がいかに一方的であるかを皆さんに訴え、さらにこの間の対会社との交渉の経過を明らかにし、今後の決意表明をして皆さんの支援をお願いするものです。

課長はこの日九時に、私を事務所に呼んで、「単刀直入に言つて、君にI・S・Cに行つてもらう事になつた。」と言つてきました。私はあ然としました。もう決つていて、私の意向など全く入る余地のないような強い口調だつたからです。私は課長という職権に対して「無期限出張とは、あまりにもひどいではないか。」と訴えたし、伊勢本という人間にも、代議員であり春斗もひかえているし、一切の私の意見が無視されている事を抗議嘆願しました。でもこれらがすべて無視されたばかりか、最後に念を押すように「私はすでに君が行く事に決めてしまつたのだ」とまた言われたのです。皆さん、無期限出張という事は無期限出向と本質的に変りはないし、決定に対する要望も一切聞き入れられずに、まるで雨降りの日内業に応援にでもでかける程度に簡単に考えられ押し付けられる事が本当にあつていいものでしようか。課長は就業規則を読んで居直つてきました。“権力”がなければ生きて行けない職制の強力な武器ですから、どんな場合でもでてくるものですが、私はこの時、「私たち労働者は、常に会社権力に生命をあやつられている機械のようなものであり、職制の感情一つで虫けらのように首も切られれば、足げにもされるんだ。」という強いショックを受けました。

私はこんな生き方はいやですから、すぐ代議員と相談し、一方的な会社権力からの圧力に抗議する行動に出る事に決意した訳です。今回の無期限出張、配転は、私の他に組立だけで計五人いますが、その人たちも私と同じような多くの不満を持つているという事を直接聞きました。もちろんこの人たちの要望も聞き入れられなかつたようです。

皆さん、課長は今後の方針として「会社の方針、政策に反対する者に対しては断固として斗つてゆく。」という事を課長懇談会の中で言つたのです。ようするに彼らの方針は例えば私たちにいかなる影響をもたらそうとも強引に押し通そうという訳です。このような会社権力の行使には、一人一人の労働者は弱いものです。とうとう私もその攻撃をその場でははね返せませんでした。でも一度私達が団結して権力にたち向えば、彼らはものの数ではないと思います。私はそう思つてやつてみる決意です。ですから私と一緒に、二人の配転と三人の無期限出張にされた人と連帯して団結しようではありませんか。

十四日昼、代議員四人(萩原代議員はサッカー試合に行つて参加せず)で課長に交渉を申しこみました。依然として無期限出張をくり返すだけでなく、人と場合によつては本人の意向を参考にするという、向うの本質を一部暴露してきました。方針に従がわない人は、職権をあくまでも行使して、一切の人間性を無視するという本質です。私は常に人間的でありたいと思つています。いつまでも労働者的な組合運動をやつて行く決意を、この職権の圧力で一層強くしました。皆さん、この問題は単に個人攻撃ではなく、春斗を向えた今、組合運動への弾圧という労働者全体への攻撃なのです。職場集会への心からの支援をお願いします。団結してやろうではありませんか。

敬具

(別紙(三))  組立課職場の皆さんへ

拝啓、代議員の岩谷です。一方的な出張命令に屈辱的にも従つてI・S・Cに行かされてから、約二週間になります。この二週間は今迄以上に屈辱的なので、再び皆さんにその現実を訴え、いかに会社権力が醜く私達に敵対しているかをお知らせします。

前回の手紙文でも明らかなように、私はあまりにも一方的にしかも極めて忙しいという名目で配転させられたにもかかわらず、この二週間は次の様な仕事をさせられてきました。十七日―一日中ブラブラ、十八日―二時間掃除他治具作り、二十一、二十二日、二十三日は休み、二十四日―掃除のべ三時間、二十六日―ほとんど仕事を与えられず、外注のブロックのピースバラシを手伝う、二十八日―午前中ほとんど仕事なしスクラップ整理をやる、三十日―ほとんど一日中掃除とスクラップ整理、三十一日―目違いを二ケ所直しあと一日中屑棒ひろい。この様な状態なのです。「忙しいか忙しくないかはこちら(会社側)が判断する。」もし私が会社に訴えたらこう返答するでしよう。何しろ私の今迄のお願いはことごとく裏切られてきたのです。六ケ月出張の私にはロッカーもタイムカードも食堂も許さないのに、三ケ月出張の他の二人にはこのすべてを許し、さらに自転車も与えています。これは私に対する個人攻撃でなくてなんでしよう。二十四日午後一時から一時間、私は南崎部長に呼ばれました。というのは、私が二十三日に選管事務の為に会社を休んだのに、会社の許司なく無断で職場離脱をしたという彼等独特のこじつけから私をせめ、陰険な笑いで「きちがいだ」と私をきめつけ、東京にある松沢病院のことをさかんに出してはなにかにと云つていました。かりに私がきちがいだとしたら、そのきちがいに一時間もかまつていた当の本人がよほどおかしいのであり、だいぶ説教がきいたというようなほこらしげな顔はこつけいというほかありませんでした。結局私は組合業務であるにもかかわらず有給休暇さえ許されず、さらにはこれに対する執行部からの応援も得られぬままという会社から、組合からの目に見えない攻撃に会つてきました。忙しいという名目でI・S・Cに出張させたにもかかわらず、私の後任に呉から二名の応援者がもといた班にすぐ来たというこの現実を班長や職長、課長はどんなうまい言葉で説明するのだろう。きつと「人事権が云々」と云うだろう。

前にも書いたように、権力がなければ何の存在価値さえない連中のことですから当然だろうが、これに対しては人権で対峙しなければならないと考えています。春斗がいよいよ山を迎え、労働者の団結力の強さがいかに大きいかを示す絶好のチャンスです。やろうではありませんか。労働者の団結ほど、強く美しいものはありません。

私はやつてみるつもりです。皆さんに手紙を出したと云つてはせめられ、組立課の事故が多いと云つてはまるで私がその原因ででもあるかのようにせめられてはきたけれど、この様な集中的個人攻撃には絶対に屈伏することなく、断固として今後も組合運動をやつていく決意です。

一緒に斗おうではありませんか!

敬具

笹下寮  岩谷章治

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!